ゴーストハンター [デルフトの波]
幻の絵画『デルフトの波』の存在を知らされた小津は雲を掴むような話だと思いながらも調査に乗り出した。
今回の話:
http://slate-grey.blog.so-net.ne.jp/2009-01-13
この物語はフィクションであり、登場する人物、団体等はすべて作者の創造によるものであり、実在する人物、団体等とは無関係である。
ただし、作者が数ヶ月わたり更新しない場合は、事故や事件に巻き込まれた可能性があり、当局の支援が必要となる場合がある。
2009/02/15<晴>
今回の話:
http://slate-grey.blog.so-net.ne.jp/2009-01-13
この物語はフィクションであり、登場する人物、団体等はすべて作者の創造によるものであり、実在する人物、団体等とは無関係である。
ただし、作者が数ヶ月わたり更新しない場合は、事故や事件に巻き込まれた可能性があり、当局の支援が必要となる場合がある。
2009/02/15<晴>
序章 [デルフトの波]
<序章>
日が沈み始めた高速道路を西に向かってポルシェ911、タイプ964と呼ばれるカエル顔の小さなスポーツカーが走っていた。小型車ほどのサイズのボディに、似つかわしくない3.6リッターという排気量のエンジンを後ろに積んでいる、走るために生まれたスポーツカーだ。
運転席でドライバーの小津は考えていた。こんな雲を掴むような話に乗っていいのか?
虎穴に入らずんば虎児を得ずとは言うが、扉の向こうに闇の世界が口を開いて待っている絵画の世界に踏み込んでいいものか。小津はあと数日でニューヨークに向けて出発することになっているのに、やはり迷っていた。
美術の世界は表に見えるところはほんの一部、いわば氷山の一角で、水面下に沈んでいる部分にお金も集まれば、人も集まる。闇の紳士も集い、そして、表には出てこない幻の美術品が流通しているというのだ。
小津は2年ほど前に画廊を経営している老人と同じ古いポルシェが好きという人たちの集まりで知り合い、老人が小津の意外な知識や観察眼に感心し、画廊でイベントがあるたびに呼んでくれて、画家や作者と話す機会を作ってくれた。
その中で、変わった背景のあるコレクターと話す機会があった。以前は自分でも絵を描いていたというこのコレクターは変わったコレクションを持っているとのことだった。
何度か会ううちにそのコレクションについて知った小津は闇の世界の入り口を少しだけのぞく機会を得た。
小津がニューヨークにいく計画がありと知ったコレクターは、自分が事務所を構えるホテルのレストランでのランチに誘ってくれた。
日本の現代美術についての批評を聞きながらランチは進み、デザートを待っている時に本題に移った。
「小津さんはフェルメールはご存知ですよね?」
「ええ、日本人には人気の高い画家の一人ですね」
「作品が少なく、希少性が好まれている。そして、希少性ゆえ、秘密めいている。日本人好みだね」
小津もフェルメールが好きで、雑誌の特集も専門書もかなり読み込んでいた。
「世俗画が得意で、日本人には分かりにくいキリスト教絵画じゃないところが好まれているんじゃないですか?」小津はなんとなく感じていたことを口にした。
「それと日本人が飛びつきそうな贋作騒ぎがさらに人気を高めた」クレクター氏はこの方面に詳しい人物なのだ。
「メーヘレン事件のことですか」小津はやや乗り出しながら聞いた。
日本ではやや異質のクレクターとして有名な人物だったが、実は贋作を見抜くプロとのことだった。画廊によっては出入りを禁止しているところもあるが、その知識と経験をひそかに頼りにしている画廊も存在する。
「あの事件でメーヘレンもフェルメールも一段と脚光を浴びたが、その後はどうなったか知っていますか?」ゆったりした一人用の椅子に深く腰掛け、組んだ足の上に組んだ手が少し動き、右手が左胸のうちポケットに伸びた。使い込まれた手帳が取り出され、その中から古い写真が一枚引き出された。
小津はかなり古いその写真を受け取ると、薄暗いラウンジの明かりの中では細かいディテールははっきりしないが、やや大き目のキャンバスに街の風景が書いてあるようだった。
「小津さん、これはフェルメールの幻の絵『デルフトの波』です。フェルメールが描いた故郷デルフトの港の絵です。見たことがないでしょ?」
「見たことがないも何も、存在しない画じゃないんですか?」
「今のは、正解であって正解ではない」
「存在するのですか?本物ですか?」
「もはやこの絵が本物か偽物か、誰が書いたのかは重要ではないのです。どこにあるのか、いや今でも存在するのかが問題なのです」
「誰かが持っているけど、表に出てこない画、ということですか?」
「美術館には飾ってないし、誰かの屋敷の壁にかかっているのを見つけることも難しいでしょうね。ただ、最後にニューヨークで見たという人がいましてね」
「ニューヨークですか」
「そうです、ニューヨークです」
「美術館、ギャラリー、個人収集家、そして、いわゆるお金持ちがどれだけいるのか。しかも、ほとんどが近づけないような世界に住んでいる人たちでしょう。いや、少なくとも私のような一般人が近づける世界ではないでしょう」
「それは分かりませんよ。正しいルートをたどれば、たどり着くかもしれません」
正しいルートってなんだろうか。正当なルート、つまり正攻法という意味ではないはずだ。しばらくニューヨークの美術界の事情を説明されたが、半分上の空だった。メーヘレン、ハン・ファン・メーヘレンはオランダの画家だったが、ナチス・ドイツとの関係と贋作を製作したことの2点を中心に裁判にかけられ、その後すぐに亡くなっている。贋作の世界に一般の目が及んだ最初のケースだったかもしれない。
今ではすでに伝説や伝承の世界に組み込まれ、21世紀になってから既に8年も経っているのに、再びフェルメールとメーヘレンの話題を聞くことになると小津は全く思わなかった。
<続く>
2009/01/13
日が沈み始めた高速道路を西に向かってポルシェ911、タイプ964と呼ばれるカエル顔の小さなスポーツカーが走っていた。小型車ほどのサイズのボディに、似つかわしくない3.6リッターという排気量のエンジンを後ろに積んでいる、走るために生まれたスポーツカーだ。
運転席でドライバーの小津は考えていた。こんな雲を掴むような話に乗っていいのか?
虎穴に入らずんば虎児を得ずとは言うが、扉の向こうに闇の世界が口を開いて待っている絵画の世界に踏み込んでいいものか。小津はあと数日でニューヨークに向けて出発することになっているのに、やはり迷っていた。
美術の世界は表に見えるところはほんの一部、いわば氷山の一角で、水面下に沈んでいる部分にお金も集まれば、人も集まる。闇の紳士も集い、そして、表には出てこない幻の美術品が流通しているというのだ。
小津は2年ほど前に画廊を経営している老人と同じ古いポルシェが好きという人たちの集まりで知り合い、老人が小津の意外な知識や観察眼に感心し、画廊でイベントがあるたびに呼んでくれて、画家や作者と話す機会を作ってくれた。
その中で、変わった背景のあるコレクターと話す機会があった。以前は自分でも絵を描いていたというこのコレクターは変わったコレクションを持っているとのことだった。
何度か会ううちにそのコレクションについて知った小津は闇の世界の入り口を少しだけのぞく機会を得た。
小津がニューヨークにいく計画がありと知ったコレクターは、自分が事務所を構えるホテルのレストランでのランチに誘ってくれた。
日本の現代美術についての批評を聞きながらランチは進み、デザートを待っている時に本題に移った。
「小津さんはフェルメールはご存知ですよね?」
「ええ、日本人には人気の高い画家の一人ですね」
「作品が少なく、希少性が好まれている。そして、希少性ゆえ、秘密めいている。日本人好みだね」
小津もフェルメールが好きで、雑誌の特集も専門書もかなり読み込んでいた。
「世俗画が得意で、日本人には分かりにくいキリスト教絵画じゃないところが好まれているんじゃないですか?」小津はなんとなく感じていたことを口にした。
「それと日本人が飛びつきそうな贋作騒ぎがさらに人気を高めた」クレクター氏はこの方面に詳しい人物なのだ。
「メーヘレン事件のことですか」小津はやや乗り出しながら聞いた。
日本ではやや異質のクレクターとして有名な人物だったが、実は贋作を見抜くプロとのことだった。画廊によっては出入りを禁止しているところもあるが、その知識と経験をひそかに頼りにしている画廊も存在する。
「あの事件でメーヘレンもフェルメールも一段と脚光を浴びたが、その後はどうなったか知っていますか?」ゆったりした一人用の椅子に深く腰掛け、組んだ足の上に組んだ手が少し動き、右手が左胸のうちポケットに伸びた。使い込まれた手帳が取り出され、その中から古い写真が一枚引き出された。
小津はかなり古いその写真を受け取ると、薄暗いラウンジの明かりの中では細かいディテールははっきりしないが、やや大き目のキャンバスに街の風景が書いてあるようだった。
「小津さん、これはフェルメールの幻の絵『デルフトの波』です。フェルメールが描いた故郷デルフトの港の絵です。見たことがないでしょ?」
「見たことがないも何も、存在しない画じゃないんですか?」
「今のは、正解であって正解ではない」
「存在するのですか?本物ですか?」
「もはやこの絵が本物か偽物か、誰が書いたのかは重要ではないのです。どこにあるのか、いや今でも存在するのかが問題なのです」
「誰かが持っているけど、表に出てこない画、ということですか?」
「美術館には飾ってないし、誰かの屋敷の壁にかかっているのを見つけることも難しいでしょうね。ただ、最後にニューヨークで見たという人がいましてね」
「ニューヨークですか」
「そうです、ニューヨークです」
「美術館、ギャラリー、個人収集家、そして、いわゆるお金持ちがどれだけいるのか。しかも、ほとんどが近づけないような世界に住んでいる人たちでしょう。いや、少なくとも私のような一般人が近づける世界ではないでしょう」
「それは分かりませんよ。正しいルートをたどれば、たどり着くかもしれません」
正しいルートってなんだろうか。正当なルート、つまり正攻法という意味ではないはずだ。しばらくニューヨークの美術界の事情を説明されたが、半分上の空だった。メーヘレン、ハン・ファン・メーヘレンはオランダの画家だったが、ナチス・ドイツとの関係と贋作を製作したことの2点を中心に裁判にかけられ、その後すぐに亡くなっている。贋作の世界に一般の目が及んだ最初のケースだったかもしれない。
今ではすでに伝説や伝承の世界に組み込まれ、21世紀になってから既に8年も経っているのに、再びフェルメールとメーヘレンの話題を聞くことになると小津は全く思わなかった。
<続く>
2009/01/13